カテゴリー「ひとりごと」の195件の記事

2015-10-22

懐かしい感覚

久しぶりに大きな難題にぶちあたっています。

思い描いていたことが、障壁がありうまくいかない。

0ベースで考え直し。
多数の人から意見を集めるために、案を練る。
案を出しながらも、意見を得て、また軌道修正や
時には方向転換をしていく。
その議論の中では、感情の行き違いや取り方の違いも起こる。
でも、より良い方向性を探ろうとみんなで考え議論する。

正直、まとめあげる側の人間として考えると
胃が痛くなるような作業です。

それが、なぜか楽しい。
それと、なんだか懐かしい。

なんだろう?この感覚は?って思ったら。

YMCAのリーダーとして活動していた学生時代。

あの時に、Campを作り上げるために連日連夜、
時には胸ぐらをつかみそうな勢いで議論していた
「リーダー会」

あの雰囲気にそっくりなのです。

ネット上でのやりとりがメインで、
どうしてもテキスト上でのやり取りになってしまうけど、

でも。そこにはみんなの「想い」がある。

リーダー会では、参加する子どもたちの笑顔や
成長が全ての議論の行き先だった気がします。

今こうして、また素晴らしい仲間たちと
こんな議論ができること。

幸せだなと思うわけです。

リーダーを始めた時から、今年で20年。
あの時得た喜びや、感覚は今でも脈々と僕の中に生きています。

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2015-01-18

電車の中にも出会いはある。

軽井沢高原協会の車内チラシに出会いました。

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「なるようになる」という
言葉の意味は
なんとかなるさと投げ出してしまう
ことではなく、
なると思ったことになるということ。
想像した自分に近づくこと。

なんだか僕の人生そのものだな。

成るように成る
成るべくして成る

大切にしたい言葉に
出会えた偶然。

これだけで今日でかけた
甲斐がありました。

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2015-01-01

年のはじめの。

明けましておめでとうございます。

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年が明けて2時間くらい経ちましたかね。

さっき、地元の神社「多田神社」にお参りをしてきました。

幼小の記憶のない頃も含めても、生まれてから
多分、毎年欠かさずお参りをしています。

最近は、初詣に行くことよりも、
その神社に向かう道のりを楽しんでいます。

多田神社は、母校の小学校と中学校のちょうど
間に位置しています。

だから、神社に向かう道は、僕が9年間通った
通学路でもあります。

家を出て、クネクネと歩き、十字路で
友に会い。二人で歩く。
そして、診療所の前でもう一人と合流。
それを9年間続けました。

僕の家の玄関には、9年目の卒業式。
最後の十字路で二人で撮った写真が飾ってあります。

今は亡き、彼と撮った唯一の2ショット写真。
それを撮った場所を通り、初詣に行く。

そんな僕の1月1日の儀式。

彼がいなくなってから、もう18年。
時の経つのは早いものです。

毎年、そんな道すがら、気持ちをクリアにして
迎える1月1日。

また新しい1年を、しっかり自分の足で歩いていこうと
思うのです。

小学校の正門の向こうには、綺麗な月があがっていました。

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2014-12-31

大晦日の振り返り。

今年は、投稿の少ない1年間でしたね。
おーい、Blog止まっているぞ~って色々なところから
声をかけてもらいました。すんませんでした。

思えば、昨年の12月。
チャレンジ受験した、特別支援への道。

合格をして、胃を痛めながら決断をし、
保育園を離れたのが3月。

新しい職場までは、25kmのロングドライブ。
毎日よく走りました。
相棒、HR-Vも165000km。
まだまだがんばってくれそう。

新しい職場では、視覚障害をもった子どもたちとの
出会いがまっていました。

驚きと発見と、学びの毎日でした。
保育士として生活支援の場に関わる仕事。
どうすれば伝わるのか、どんな支援ができるのか、
9ヶ月経っても、毎日挑戦の日々が続いています。

山にもたくさん登りました。
本当は登る度に、記録として残しておきたかったけど、
なかなか記せませんでしたね。。

金時山
高水三山
北八ヶ岳・高見石・天狗岳
飯盛山
棒の嶺
石割山
初めてのチャレンジ、南アルプス蝶ヶ岳
高尾山にもお散歩に行きました。

Liveもいっぱい行ったな~。
BEGIN
ゆず
GONTITI
東京スカジャンボリー。
GOOUT
佐野元春
そして愛するサザンオールスターズ。

手作り市、&SCENE。
自分の写真を作品にするという初めての挑戦。
多くの方が僕の写真を家に持ち帰ってくれました。

そして、Child+。そして、場に集う保育士仲間。
僕にとってはかけがえのない存在になりました。

保育士が垣根を越えて集まる「場」を作りたい。
そんな想いが繋がり、広がり、そしてまた
多くの新たな出会いがありました。
Child+としては、ひとつ新しいステージに突入した
1年でもありました。

そして、今年も多くの出会いがありました。
山で、新しい職場で、Child+で、手作り市で。

もうひとつ、再会もたくさんありました。
中学校の同級生。高校の同級生。
長い時間が経って、それぞれの人生を積んだ
先での出会いは、また新たな化学反応が起きました。

生まれてから38年目の1年。
祖母は99歳になり。そしてこの2月には100歳を迎えます。

こうして、元気に生きて、新しい仕事に挑戦できたこと
1年の締めくくりに感じる気持ちは
多くの縁を頂けたことと、「感謝」の気持ちでいっぱいになります。

まだまだ独り身で、好き勝手に生きていますが、
来年も自分自身だけでなく、周りの人の笑顔をつくる。
そんな1年にしていきたいな、と思います。

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2014-03-31

新たなる「道」

今日は、年度の大晦日。
今年も無事に今日、3/31を迎えることができました。

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僕の家のリビングには、ずっとこの色紙が飾ってあります。
多分もうかれこれ10年は飾ってあるはずです。

この「道」の色紙。

確か、僕が東京を離れて、千葉に行った時に、
高知から届いた色紙でした。

僕が、人生の岐路に立った時。
何か決断をする時。その色紙は、僕に問いかけてくれました。
そして、僕の決断をいつも後押ししてくれました。

この色紙を贈ってくれた方も、僕にとってはかけがえのない人。
そして、お互い、大きな人生の岐路を何度も経験しています。

東京の立川ろう学校から始まったキャリア。
千葉市少年自然の家を経由して、
今日まで働いた、埼玉の保育園。

そして、今日、その保育園を離れることにしました。

もう一度、特別支援学校で働くことにしました。
今回は盲学校です。

YMCAで知的障害児の活動を10年以上続けて、
ろう学校で働き、
そして、今回は盲学校。
回り回っていますが、一つずつ、一歩ずつ。
着実に階段を上っている気がします。

この分かれ道の先に何が待っているのか。
まだ、僕には分かりません。

でも、どんな「道」が待っていようとも、
それは自分で決断をしたこと。
自分に責任をもって、チャレンジしようと決断したこと。

だから、ぶれないで、一生懸命に力を尽くしています。

この色紙には、まだまだパワーが秘められている気が
するのです。そのパワーをもうちょっと信じてみようと思います。

今日は、なんと、4つも花束をもらってしまいました。
独り身の家にはなんとももったいない、もったいない。なのです。
人生でこんなに花束をもらったのは初めてかも知れません。


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この気持ちに応えられるように、あまり力入れすぎずに
(もう、そろそろいい大人になったのだから)
一歩一歩踏みしめて歩いて行こうと思います。

保育園に残してきた、子どもたちや同僚に、誇れるような
そんな仕事をしていきたいものです。

明日から新たなる道が始まります。

どこかで会ったら、力を貸してください。

これからもよろしくお願いします。


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2014-03-01

99回目のおめでとう。

昨日、2月28日。
僕の祖母が、誕生日を迎えました。

祖母の誕生日は、大正4年 2月28日。
大正4年は1915年。折しも第1次世界大戦のまっただ中。

そんな、時代に生まれた祖母。
99回目の誕生日を元気に迎えてくれました。

祖母は父方の祖母。
生まれたときから、一人暮らしを始めるまで。
ずっとずっと一緒に住んでいました。

祖父を早くに亡くした僕にとって、祖母は両親とは
また違った甘え方のできる、大切な存在でした。

手先が器用だった祖母。
小さいときはよく習字を教えてもらいました。
手まり作りや、僕が夜寝るときの丹前を繕ってくれたりも
しました。

料理も上手だった祖母。
その中でも大好きだったのが、
おやつに作ってくれるホットサンドと
年に数回焼いてくれるレーズンがたっぷり入ったケーキでした。
干し芋もよく絶妙の焼き具合で焼いてくれたっけ。

80近くまで、一人で出歩いたり、旅行にもよく行っていました。

今では、耳も遠くなり、痴呆で僕のことや、父のことも
分からないけれど、

でも、僕にとってはかけがえのない、祖母。
大好きな祖母なのです。

母方の祖父母、父方の祖父が亡き今。
ぼくにとっての「おばあちゃん」は、たったひとり。

驚くことに、99歳を迎えた今も、きちんと自分で歩き、
内臓疾患もなく、ごはんもきちんと食べてくれています。

今日は、小さな花束をひとつ持っていきました。

全然俺のことは分からないけれど、
いつも2歳児に話しかけるように、
「おたんじょうびだよ」
「99さいなんだよ」
「おめでとう」
と筆談で話しかけてきました。
何か通じたのか、「99さい」とつぶやいて、
小さな拍手をしてくれました。

その姿は、まるで、初めて誕生ケーキを目の前にした
子どものようでした。

そんな祖母を介護する、父。

そんな父がいるのも、この祖母のおかげ。

祖母がいて、祖父がいて、父がいて。

そして僕がいる。


この99年の人生の中で、何かひとつの歯車が狂っていたら
僕はこの世にいないわけなのだから。

だから、祖母には無条件で感謝なのです。
そしていつまでも、できるかぎり生きていてほしい。

つい数年前まで、「早くお嫁さんもらいなさい!」って怒られて
いたなぁ。
そう言ってもらえるうちにいい報告したかったけどね。

おばあちゃん。ありがとう。そして、
おたんじょうびおめでとう。


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2014-01-21

発信すれば、誰かに届く。

このBlogが始まり、なんと5年目に突入しました。
古くからの友人は知っているとは思いますが、
実はBlog自体は2003年くらいから、細々と続けているので、
かれこれ大分長い時間続けてきたことになります。

実はこの1週間くらいで立て続けに素晴らしい機会に恵まれました。

両方とも保育に関わることでした。

ひとつは、年末に書いた、保育に関する記事。
実は、この3つの記事を、
とある大学の保育養成課程の授業で
取り上げてくださった方がいるのです。

実際の授業をきいたわけではないので、
どのような紹介のされ方をしたのかは分かりませんが、
あの3つの記事を配布し、こんな保育士もいるんだよ。
という話をしてくれたようなのです。

ま、元々、この先生とは、かれこれ20年近いつきあいなので
この記事を見つけてくれた訳です。
でもね、これを保育を志す70名の学生さんに見せてくれるというのは、
小っ恥ずかしい気もしましたが、学生さんの目に触れるという
のは素晴らしい機会なので、もちろん快諾させてもらいました。

もしかしたら、この記事を読んでくれている学生さんもいるかも
知れませんね。アンケートも届きました。
みんな、熱いアンケートで。。。

本当に記事書いて良かったな~と。


そして、もう一つ。

なんと、遠く、南の島から1通のメールが届いたのです。
ざっくりと言うと。
「あなたとお話してみたい」
という内容でした。

実は、この方、歳も近く、保育園の園長先生をされている方でした。
僕が、BlogやTwitter、そして、Child+で発信していること。
「子どもと自然体験をどう繋げていくか」
この言葉に、共感をしてくださり、
なんと、「うちの保育園に来ませんか?」なんて
お誘いを受けてしまいました。

もちろん、この時期だし、色々な条件があって実現は
できないのだけど、でも、このことで、この園長先生とは
深く繋がれたわけです。

しかも、こんなに遠くの南の島なのに、共通の知り合いが
いたという大マジック、いやもはや、イリュージョンつき。

休み休みで、Blogなんて半年記事がない時期もありましたが、
こうして継続して発信していることで、何か人生の転機に
つながるようなことも起こるわけです。

僕は、音楽もできない、絵も描けない。
できることは、写真がちょっとだけ撮れるくらい。

でも、言葉で発信するのは、少しは得意になってきたかな。

アーティストではないけど、こうして発信していく。
発信し続けていれば、いつかどこかに届くんだ。

そんなことを痛感した、この一週間。

意味は違うのだけど。
なんだか、ふとこの曲を思い出しました。

何気ない発信も、誰かの元に届くかもです。


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2014-01-19

大切な場所

先日、千葉をグルッと一周まわってきました。
走っていると、大切な場所や想い出深い場所がたくさん目に
飛び込んできました。

僕にとって大切な場所。言い換えればとっておきの場所。

 ・野辺山
 ・一松海岸
 ・富津岬
 ・井の頭公園
 ・晃石山
 ・幕張SA
 ・長柄の町
 ・東北道から葛西までの首都高
 ・東京タワー
 ・吐龍の滝

などなど、あげればきりがありません。

でも、ふと気がついたのです。

そこの「場所」としての力はもちろんなのですが。
そこには、必ず、誰かと訪れたという大切な想い出が
あるのです。

大切な人と過ごした時間の記憶が、そこに残って
いるんだな。と。

何か想い出に浸って感傷的になるってわけでは
ないのですが、場所に行くことでそんな想い出や
今は逢えない人のことを想ったりするんだな。と。

僕にとって、大切な場所。
それは、大切な人を改めて想う儀式でもあるのです。

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2013-11-01

俺の相棒歴#2 P153

2010年8月に第一回の連載を開始した。
「俺の相棒歴」シリーズ。

docomo一筋で来た僕の、携帯電話と自分の歴史を紐解こうという
この連載企画。

3年前のこの投稿で、頓挫しておりました。
http://gacha-blog.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/nm-6edc.html

というわけで、気持ちを新たに、第2弾。

もしかすると、これで終わるかもですが。。


さてさて、2代目は、P153。
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1代目の、NM151から比べると、ものすごいスタイリッシュに
なったでしょ?とっても、細くなりました。

画像を見ても分かるとおり、
・携帯番号は、9桁。
・電話帳はカタカナ。
・まだメールなどはなし。

こんな感じでした。
発売が1997年6月。
僕がちょうど、保育の専門学校に入学した1年目ですね。

保育の専門学校に入学する直前に親友を事故で亡くしました。

ちょうど、この1997年は、そんな頃。
ある意味暗黒の頃かも知れません。

友人の死を受け入れられずに、新しい学校に入学。
なかなか周囲の人とも打ち解ける気になれなかったのを
覚えています。

それでも、入学式を休んで、シャベカメのスキーキャンプに行ったり、
夏のキャンプにも参加して、YMCAの活動を一生懸命やっていた
時期でもありました。

武蔵野YMCAから西東京YMCAに移って2年が経ち、
活動やリーダーたちも落ち着いてきた頃だったかな~。

社会体育から、保育の専門学校へ。

大きな大きな人生の転換期を、このP153は一緒に過ごして
くれていたようです。

YMCAに行ってなかったら、保育士になろうとも思わなかっただろうし、
保育学院の存在も知らなかったはず。

YMCAが人生を変えてくれた、そんな過渡期。
1997年、21歳頃のお話でした。


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2013-08-16

日本の「村」

日本の「村」

雑誌BRUTUSの特集記事。
日本には今、185の「村」が
あるそうです。
これを多いと見るか、少ないと
見るか。
平成の大合併で、なんとその数
1/3に減ったそうです。

そして、35/185が長野にあるそうな。

100名山も、88の四国お遍路もいいけど、
僕はこの、長野県内35村巡りを
してみたいです。


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