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2014年3月

2014-03-31

新たなる「道」

今日は、年度の大晦日。
今年も無事に今日、3/31を迎えることができました。

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僕の家のリビングには、ずっとこの色紙が飾ってあります。
多分もうかれこれ10年は飾ってあるはずです。

この「道」の色紙。

確か、僕が東京を離れて、千葉に行った時に、
高知から届いた色紙でした。

僕が、人生の岐路に立った時。
何か決断をする時。その色紙は、僕に問いかけてくれました。
そして、僕の決断をいつも後押ししてくれました。

この色紙を贈ってくれた方も、僕にとってはかけがえのない人。
そして、お互い、大きな人生の岐路を何度も経験しています。

東京の立川ろう学校から始まったキャリア。
千葉市少年自然の家を経由して、
今日まで働いた、埼玉の保育園。

そして、今日、その保育園を離れることにしました。

もう一度、特別支援学校で働くことにしました。
今回は盲学校です。

YMCAで知的障害児の活動を10年以上続けて、
ろう学校で働き、
そして、今回は盲学校。
回り回っていますが、一つずつ、一歩ずつ。
着実に階段を上っている気がします。

この分かれ道の先に何が待っているのか。
まだ、僕には分かりません。

でも、どんな「道」が待っていようとも、
それは自分で決断をしたこと。
自分に責任をもって、チャレンジしようと決断したこと。

だから、ぶれないで、一生懸命に力を尽くしています。

この色紙には、まだまだパワーが秘められている気が
するのです。そのパワーをもうちょっと信じてみようと思います。

今日は、なんと、4つも花束をもらってしまいました。
独り身の家にはなんとももったいない、もったいない。なのです。
人生でこんなに花束をもらったのは初めてかも知れません。


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この気持ちに応えられるように、あまり力入れすぎずに
(もう、そろそろいい大人になったのだから)
一歩一歩踏みしめて歩いて行こうと思います。

保育園に残してきた、子どもたちや同僚に、誇れるような
そんな仕事をしていきたいものです。

明日から新たなる道が始まります。

どこかで会ったら、力を貸してください。

これからもよろしくお願いします。


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ひとりごと | | コメント (0)

2014-03-28

名もなき贈りもの

今週で、年度末の仕事がほぼ片付きました。
あとは、お部屋の掃除くらい。

今週はさすがにきつかった。毎日毎日、PCや書類。
そして、新年度への切り替え準備に追われていました。

そして、今日ようやく金曜日を迎えました。

今日行きたかったイベントにも参加することができずに、
家で開幕戦のナイターで巨人が圧勝しそうなのを確認し、
いつもの珈琲屋さんで至福の時。

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なんか、こういう時こそ、一人でふっとため息つきたく
なるんですよね。

珈琲とプリンの余韻を口に残したまま帰宅をすると
家の玄関ドアに大きな紙袋が。

最初、クロネコさん?と思ったけど、なにやら様子が違う。

そう。贈り物でした。
しかも、直接家の玄関まで本人が届けてくれた、
心のこもった贈り物でした。しかも中身は3つも。

幸せだなって思う。

だって、手紙もメッセージもなーーーーーにも入って
ないですよ。

でもね。誰からか分かるのです。

実用的なもの。
俺が欲しいと言ってたもの。
そして、シャレのきいたもの。

この3つの組み合わせで誰だか分かるのです。

間違いない。大切な人から届いた名もなき贈りもの。

ありがとう。本当にありがとう。
大切に使わせてもらいます。
そして、これからもよろしくお願いします。

でもね、絶対に本人にはメールとかしないんだ。
何故なら、名無しで届いたので、
僕はここで感謝を述べる。

そのうち、気がつくはずだから。

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心からの感謝を込めて。


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日々のこと(写真つき) | | コメント (0)

2014-03-11

消せないショートメール

今年も3月11日を迎えました。
あれから、3年。

死者行方不明者は、18517人。

北野武さんは、言っていました。
「2万人が亡くなったんじゃない。一人の死が2万件あったのだ」と。

あるラジオの投稿ではこんな話がありました。
「発災をした14時46分に、黙祷をするけれど、亡くなった人の大半は
あの14時46分には生きていたんだ」と。

僕たち関東の人間にとって、その死や喪失感。
そして人ばかりでなく、生まれ育った家、そして街そのものを
奪われた哀しみは想像を絶します。

大切な人を失った仲間もいます。


あの日。

僕は、卒園式を一週間後に控えた16人の年長さんと
おやつを迎えようとしていました。

大きな揺れ。

子どもたちは、机の下に潜りながらも、机ごと2~3m引きずられて
いました。「せんせい!!これ本当!?これホント!?」
という叫び声が今でも忘れられません。

比較的近所で仕事をしている保護者が多かった我が園。
概ね19時くらいまでに、多くの子どもが自宅へと帰っていきました。

しかし、年長さんの一人だけがお迎えのメドが立ちませんでした。
発災直後に電話をくれた母親がいました。
「先生、ごめんなさい。今日出張で渋谷にいるんです。
帰れるか分からない」

お母さんから一本だけあった連絡。

首都圏の交通状況を見ていると、渋谷から帰ってこられない
のは、一目瞭然の状況でした。

21時頃。
園に残っているのは、この子一人だけになってしまいました。
もちろん、母の携帯は不通。
父とも連絡が取れない状況がずっと続いていました。

他の職員を帰し、年長の彼と、近所に住む園長。
そして、担任であり、単身の僕が園に残りました。

いつまで経ってもメドのたたないお迎え。

どうにか方法はないものか。
ふと思いついて、彼の連絡帳を開くと、父の職場の携帯電話が
記載してありました。

電話をしましたが、やはり不通。
しかし、ひとつだけ分かったことがありました。
それはDocomoの携帯だということ。

3年前の発災当時。
携帯各社のショートメールは同じキャリア間のみに限られていました。
「Docomoだ!」 僕はピンと来ました。

自分のDocomoの携帯から、試しにショートメールを送ってみました。

すると、約30分後。
父から返信が。

「今、宇都宮に仕事できています。停電で動けません
動けるようになり次第、会社の車で向かいます」

ようやく、連絡がついたのが、22時過ぎだった覚えがあります。

そして、お父さんが宇都宮からお迎えに来てくれたときは
AM2:00を過ぎていました。

あの日の父の疲労感。
子どもの安堵感。
そして、僕たち保育士の安心感。

お父さんの車を見送った僕は、
保育園の床に、しばらく座り込んでしまったのを
覚えています。

今、起きていることの大きさと恐ろしさ。
どれほどの災害が起きているのか分からない恐怖感。
でも、最後の子どもを無事に保護者に返せた安堵感。

色々な想いが混ざっているのを思い出します。

しばらくしてから、届いた、最後のショートメール。
僕はこのメールをずっとずっと残しておきたいと思っています。

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保育園のできごと | | コメント (0)

2014-03-01

99回目のおめでとう。

昨日、2月28日。
僕の祖母が、誕生日を迎えました。

祖母の誕生日は、大正4年 2月28日。
大正4年は1915年。折しも第1次世界大戦のまっただ中。

そんな、時代に生まれた祖母。
99回目の誕生日を元気に迎えてくれました。

祖母は父方の祖母。
生まれたときから、一人暮らしを始めるまで。
ずっとずっと一緒に住んでいました。

祖父を早くに亡くした僕にとって、祖母は両親とは
また違った甘え方のできる、大切な存在でした。

手先が器用だった祖母。
小さいときはよく習字を教えてもらいました。
手まり作りや、僕が夜寝るときの丹前を繕ってくれたりも
しました。

料理も上手だった祖母。
その中でも大好きだったのが、
おやつに作ってくれるホットサンドと
年に数回焼いてくれるレーズンがたっぷり入ったケーキでした。
干し芋もよく絶妙の焼き具合で焼いてくれたっけ。

80近くまで、一人で出歩いたり、旅行にもよく行っていました。

今では、耳も遠くなり、痴呆で僕のことや、父のことも
分からないけれど、

でも、僕にとってはかけがえのない、祖母。
大好きな祖母なのです。

母方の祖父母、父方の祖父が亡き今。
ぼくにとっての「おばあちゃん」は、たったひとり。

驚くことに、99歳を迎えた今も、きちんと自分で歩き、
内臓疾患もなく、ごはんもきちんと食べてくれています。

今日は、小さな花束をひとつ持っていきました。

全然俺のことは分からないけれど、
いつも2歳児に話しかけるように、
「おたんじょうびだよ」
「99さいなんだよ」
「おめでとう」
と筆談で話しかけてきました。
何か通じたのか、「99さい」とつぶやいて、
小さな拍手をしてくれました。

その姿は、まるで、初めて誕生ケーキを目の前にした
子どものようでした。

そんな祖母を介護する、父。

そんな父がいるのも、この祖母のおかげ。

祖母がいて、祖父がいて、父がいて。

そして僕がいる。


この99年の人生の中で、何かひとつの歯車が狂っていたら
僕はこの世にいないわけなのだから。

だから、祖母には無条件で感謝なのです。
そしていつまでも、できるかぎり生きていてほしい。

つい数年前まで、「早くお嫁さんもらいなさい!」って怒られて
いたなぁ。
そう言ってもらえるうちにいい報告したかったけどね。

おばあちゃん。ありがとう。そして、
おたんじょうびおめでとう。


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