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2013-11-01

俺の相棒歴#2 P153

2010年8月に第一回の連載を開始した。
「俺の相棒歴」シリーズ。

docomo一筋で来た僕の、携帯電話と自分の歴史を紐解こうという
この連載企画。

3年前のこの投稿で、頓挫しておりました。
http://gacha-blog.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/nm-6edc.html

というわけで、気持ちを新たに、第2弾。

もしかすると、これで終わるかもですが。。


さてさて、2代目は、P153。
Big_199706_digital_mova_p153_hyper


1代目の、NM151から比べると、ものすごいスタイリッシュに
なったでしょ?とっても、細くなりました。

画像を見ても分かるとおり、
・携帯番号は、9桁。
・電話帳はカタカナ。
・まだメールなどはなし。

こんな感じでした。
発売が1997年6月。
僕がちょうど、保育の専門学校に入学した1年目ですね。

保育の専門学校に入学する直前に親友を事故で亡くしました。

ちょうど、この1997年は、そんな頃。
ある意味暗黒の頃かも知れません。

友人の死を受け入れられずに、新しい学校に入学。
なかなか周囲の人とも打ち解ける気になれなかったのを
覚えています。

それでも、入学式を休んで、シャベカメのスキーキャンプに行ったり、
夏のキャンプにも参加して、YMCAの活動を一生懸命やっていた
時期でもありました。

武蔵野YMCAから西東京YMCAに移って2年が経ち、
活動やリーダーたちも落ち着いてきた頃だったかな~。

社会体育から、保育の専門学校へ。

大きな大きな人生の転換期を、このP153は一緒に過ごして
くれていたようです。

YMCAに行ってなかったら、保育士になろうとも思わなかっただろうし、
保育学院の存在も知らなかったはず。

YMCAが人生を変えてくれた、そんな過渡期。
1997年、21歳頃のお話でした。


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