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2012-01-30

恐ろしき、まりつき歌。

先日、私たちの市でわらべ歌の研修がありました。
「あんたがたどこさ」などに代表される、昔ならではの歌。
祖父母と同居している子などは自然に覚えていたりするもの。

そんな影響もあり、最近はお部屋でまりつきや
お手玉を楽しんでいる子が増えています。

そんな中、今日お迎えにいらした、ご高齢のおばあさま。
お手玉などをしている子どもたちをやさしい顔でみ守りながら、
こうおっしゃいました。

「私は戦前生まれだから。。昔はね~」と。

よくよく話をきいてみると
「いちれつ、らんぱん、はれつして~」と歌い始めて、
お手玉や、まりつきをしていたそうです。

おそらく、戦前・戦中の歌なので、戦争や戦意を高め、
賛美するような歌なのかなと、おもいつつも、
「いちれつ らんぱん」という意味も分からなかったので、
試しに調べてみました。

すると、本当に恐ろしい歌詞が分かりました。

これが、その歌詞です。


いちれつ談判、破裂して

日露戦争始まった

さっさと逃げるは ロシアの兵

死んでも尽くすは 日本の兵

五万の兵を引き連れて

六人残して皆殺し

七月八日の戦いで

ハルピンまでも攻め入って

クロパトキンの首をとり

東郷大将 万々歳


どうやら、戦中全国各地で歌われていたようです。
そして。
子どもたちの遊びの中に、当たり前のように存在していた。
こういう、当たり前の存在に、ごく自然に入れること。
これがもしかしたら、戦中教育のすさまじさなのかも知れません。

実は、細かく行をかえているのは、
上からよーく見てみると、一~十までの見事な数え歌に
なっているのです。

最初にきいた「いちれつらんぱん」というのは、
元々別の軍歌の中に「日清談判破裂して」という記述があるそうで、
それが、口伝されているうちに、談判が「らんぱん」となり、
日清が、一列目の数え歌として、「いちれつ」となっていったようです。

今年、平成24年は、昭和で言うと87年。

第2次世界大戦の終戦が昭和20年ですから、
戦前・戦中の記憶がある方たちは確実に少なくなってきています。

今日はたまたま保育園の祖父母との立ち話でありましたが、
こういった、本当のこと。
戦前・戦中の生のお話を伺うこと。それを伝えていくこと。
それはもしかしたら、中間世代である僕らの役割なのかも知れません。


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コメント


知らなかったです。少し怖いですね(>_<)!

でも、こういうことを繰り返さない為にも次の世代に伝えていきたいですね。

投稿: らむ子。 | 2012-02-16 23:40

私、今日もうたいましたよ。
いまでもうたえます。
同じうたです。

小学校の時のお手玉はこの曲でした。
歌詞の内容はその当時全然考えなかった。。。。

怖いですね。

投稿: あらら | 2012-02-01 06:50

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