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2011年2月

2011-02-20

絵に描いたような

絵に描いたような
ひこうき雲っ

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2011-02-16

若さみなぎる素敵な時間

今日は、仕事を早く切り上げて、登戸駅へ!

10年ぶり?に降り立った駅は別世界でした。
まるで立川の変化のようでした。

そんなことはさておき、
今日はYMCAのリーダートレーニングの講師をさせてもらいました。

縁あって、声をかけて頂いたので偉そうに若者を目の前にしてお話をして来ました。

題名や内容はどーでもよいのです。

その若者たちの姿に改めて力を感じました。
真剣な眼差しで、
一生懸命プログラムに参加し、
周りを観察しながら、
自分なりに理解して関わる。
試行錯誤をしながら。
言葉を選びながら。


ともすると、彼らは「ゆとり世代」などとレッテルを張られ、
コミュニケーション能力が低い。
なんて勝手なことを言われる。


とんでもない。
彼らの目を見ていると、そんな先入観やレッテルは吹き飛びます。

こんなおっさんの話しに耳を傾けてくれる若者たちの視線が素直に嬉しかった。

そして、数年に渡り繋がってきた小さな縁が今日の会では、大きな円になっていました。

懐かしい顔、わざわざ逢いに来てくれた顔、はじめましての緊張感。

ちょいと仕事に追われ気味の気持ちに、潤いを与えてくれました。

そしてこんな場を戴けた縁にも感謝です。

今日はぐっすりと眠れそうだ。

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2011-02-14

モテ期到来!!

モテ期到来!!
本日の戦績!

Gacha先生、本日モテモテでしたっ!
何年ぶりだろう、手作りチョコなんてもらったの☆
とっても嬉しい1日でした。
かわいい子どもたちが、気持ちを込めて贈ってくれたプレゼント。
おいしくいただきますっ

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雪やコンコン

雪やコンコン
すげー スキー場並みの大雪です@上尾

明日はスキーで登園だっ

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2011-02-05

ショーシャンクの空に

ショーシャンクの空に

人生ナンバーワンとも言うべき映画。
ひさしぶりに一人で観てみようかな〜。


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ひとりごと | | コメント (0)

レッツ自炊っ

レッツ自炊っ

ひさーしぶりにパスタつくってみました


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日々のこと(写真つき) | | コメント (0)

2011-02-01

まだ星になってない。

しばらく、Blog、Twitter共にお休みをしていてごめんなさい。
いくつかのご心配の声も頂き、本当にありがたく思います。

とってもプライベートなことなのですが、
自分用の記録としても、Blogに記しておきたいと思い、
久しぶりにPCを開きました。

実は先週の月曜日、急に祖母が他界してしまいました。
あまりに急だったのでしばらく受け入れることができませんでした。

大正8年生まれの91歳。
僕にとってはかけがえのない、大切な祖母でした。

医者にも、「あと5年は大丈夫だね」なんて、太鼓判を
押してもらっていたのに、急に迎えがきてしまいました。

正月には数年ぶりに、2人の娘、4人の孫、6人のひ孫全員に
囲まれて、それはそれはかわいい笑顔を見せていた祖母。

脳梗塞で身体が不自由になってからも、その笑顔だけは
変わらず、いつも僕がくると手をさしのべて、暖かい握手を
してくれました。
 
 
大正・昭和・平成と3つの時代を生き抜いてきた祖母。
戦争も体験し、多くの苦労も重ねて、2人の娘を育て上げて。。
でも、そんな苦労やつらさを僕らにはみじんもみせませんでした。
本当にかわいいなって思うくらいの笑顔。

80を過ぎても、もっぱらTVは民放ばかり。
NHKなんて見ているのはおぼえがありません。
若い気持ちをずっとずっと持ち続けて、孫とも
そんな会話をたくさんしてくれました。

正月に顔を合わせたメンバーがまさか1ヶ月も
経たないうちに、葬場で顔を合わせるなんて夢にも
思いませんでした。


1月24日。仕事を放り出して、病院のICUに駆けつけた時には
もう話をすることはできませんでした。
最上階の特別室を用意してくれて、スカイツリーと東京タワーが
一望できる部屋で祖母は息を引き取りました。

驚異的な強さで、最期まで、力一杯生きてくれました。
バイタルモニターの音が途切れそうなときもありましたが、
ひ孫が今向かっているという声を聴くたびに、持ち直してくれました。

実は翌25日が、92回目の誕生日だったのです。
祖母はそれも分かっていたのでしょう。
あと4時間だよ。あと2時間!あと1時間。とその声が届いていました。
残念ながら、あと4分足りなかったけれど、誕生日を一緒に
迎えることができたのは、たぶん一生忘れることはないでしょう。
 
 
 
斎場でしばらく眠っていた祖母に、一度だけ会いに行きました。
4歳になる姪っ子は何か感じ取りながら、ひいおばあちゃんの
顔を見てくれました。「そんなに泣いちゃだめだよ」と僕らに言いながら。

そして、そんな姪っ子を抱きかかえて、
「おばあちゃん星になっちゃったね」と話しかけると、
姪っ子は怒ったように「まだ、星になってないもん。ここにいるもん」
と話してくれました。

そうだよね。ここにいるもんね。

いつもは、笑顔でバイバイやあいさつをできる姪っ子も、
斎場でも最期の最期まで「バイバイ」とはいえませんでした。
4歳ながらに、何かを感じ取ってくれていたようです。

たぶん、祖母が姪っ子に残してくれた最期のプレゼントに
なるのではないかと思います。
 
 
 
先日の土曜日のこと。
祖母の遺品を整理していると、アルバムが出てきました。
僕も見たことのない、僕がたくさんいました。
生後数日。
いつ生まれて、いつ退院して、いつ家に戻ったのか、
ちゃんと記録をつけてくれていました。
なんか、その字に、無償の愛を感じました。
僕が生まれたことを本当に喜んでいてくれていたのが、
写真や文字から伝わってきました。

91年と364日生き抜いた祖母。
僕の誇りです。そして、祖母がいたからこそ、今自分が
ここにいることを改めて実感するのです。

まだまだ、祖母孝行が足りなかったし、やり残したことは
たくさんありました。悔やんでも悔やみきれないけれど、
祖母が生き抜いた証をこうして残し、
そして、自分の心に止めて、
この先自分が生きる様を、天国の祖母に見せることが
何よりの祖母孝行なのではないかと思います。
 
 
 
桜の花が満開になった春。
車いすを押して、早稲田大学の大隈講堂あたりを散歩
したときの笑顔は、僕の枕元で笑ってくれています。

91年間生き抜いた、素敵な笑顔の祖母がいたっていうこと。
多くの人に覚えていてもらえると嬉しいです。

僕の自慢のばあちゃんです。
110201


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