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2009-08-01

ひとのちから

090801

スポーツの世界で、2つのニュースを知った。

ひとつは、世界水泳連盟の水着問題。
もうひとつは、F1のエンジン問題。

スピード社の高速水着問題で、一定の結論が出たそうだが、
これも定義が微妙という問題があるらしい。

一方、F1は、数年後、エンジン供給会社を一社にしようという
思いつき発言。これがマックス・モズレーというFIAの会長の発言。


水着問題は、ここ数年の記録の伸びを見れば、どれだけあの
高速水着が優秀かが明らか。
昔は、体毛を全部剃って、水の抵抗をできるだけ少なくするなんて
ことをやっていたのだけど、ピッチピチのフルスーツで泳ぐ姿は
どうにも違和感がある。何十年もかけて、コツコツと塗り替えられてきた
記録が1秒2秒単位で更新されてしまうのだから、水着に頼る気持ちも
開発にかける意気込みも分からなくもない。

でも、そこに、真の意味でのにんげんの争いが欠落し始めている気がする。

道具というのは、選手を助ける大切な物。
でも、その着用の有無で、1秒以上タイムが変わってしまうと言うのは
異常事態な気がしてならないのです。

今までの世界記録保持者がどれだけすごかったのか。。

そんなことも、まさに水泡と化してしまうのです。

どうでしょ。みんな。全裸で泳いでみては。
もしくは、もう水泳連盟で、ひとつの水着にしてしまいましょうよ。

なーんて思ってしまいます。

そんな矢先に知ったのが、F1のこと。

超商業主義であるF1が、エンジンサプライヤーをワンメイクにしてしまっては
各メーカーは出る意味そのものがなくなってしまう。

HONDAが技術を結集し、あの世界のフェラーリやメルセデス、BMWに勝つ。
そんな世界が楽しいF1。

それをエンジンを統一してしまおうというのだ。

水泳とはまったく逆の発想。

同じエンジンにしてしまえば、純粋にドライバーの速さの争いになるという
構図だ。

レースらしいレースになるだろう。そして、誰が早いのか。

速いマシンに乗れたドライバーが速いのではなく、
技術のあるドライバーが速く走る、本来のレースが
もしかしたら、見られるのかもしれない。


生身の人間が自分の力で泳ぐ水泳。

300馬力以上のモンスターを操るF1。


でも、見る側は、ひとと、ひととの骨肉のバトルがみたいのだと思う。

ひとのちからを純粋に発揮できるような競技環境をつくることも
競技を開催する側の役目なのではないでしょうか。

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コメント

>イワノブッチさん
はじめまして。ご来訪ありがとうございますっ!
道具は進化するものですからそれはそれでいいんですよね。でも最近の世界新の多さを見ていると、異常な気がします。

レースなのだから、同条件で切磋琢磨できる環境作りを進めてほしいものですね。

投稿: Gacha | 2009-08-04 19:03

はじめまして ココログのトップから参りました
水着・・・同感です。全裸はさすがに \(;゚∇゚)/ですが
短パンに統一すべきだと

投稿: イワノブッチ | 2009-08-03 17:59

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